富山プロダクツ

株式会社 松井機業

PROFILE
善徳寺の寺内町にある株式会社松井機業。善徳寺は民藝運動の父、柳宗悦が『美の法門』を書いたことでも知られる。江戸時代から五箇山などでつくられた生糸をもとに、城端は絹織物の産地として栄えた。現在は同社が唯一の機屋に。風情ある坂の町並みを下りると、事務所と工場、川沿いには畑がある。松井紀子さんは父の文一さんの後を受け継ぎ代表取締役に就任。自ら立ち上げたブランドのJOHANASは、城端の地に敬意をこめて、JOHANAに複数形のSをつけたもの。特長のある「しけ絹」などを通して、ローカルから世界へ、新しいものづくりや暮らしを提案する。

シルクのやさしさで、人をすこやかに。

細胞は、絹の心地よさを知っている

善徳寺の寺内町として栄えた富山県西部のまち南砺市城端。ユネスコ無形文化遺産に登録された城端曳山祭は約300年の歴史を誇る。江戸時代から絹織物の産地として知られた城端で明治10年(1877)に創業し、絹織物業を営む株式会社松井機業。JOHANAS(ヨハナス)は、同社6代目の松井紀子さんによって、2014年に生まれたライフケアブランドだ。キャッチフレーズは「細胞レベルのよろこびを」。紀子さんが自社の生地で仕立てた夏用の襦袢を着た際に、「鳥肌が立つほど気持ちいい」と感じた体験に因む。JOHANASを通して絹との新しい暮らし方を提案したいと、生活雑貨、服飾雑貨、インテリア製品など、さまざまな商品開発と情報発信を行う。ボーダーのストールは、2頭の蚕が一つの繭をつくってできる貴重な玉糸で織る「しけ絹」と、エコシルクとも言われる特絹糸と組み合わせて織ったもの。カジュアルさと、スーツにも合う品の良さから人気が高い。

私が使ってよかった、欲しいと思うものを

以前の松井機業では、襖用の「しけ絹」が売上の大きな割合を占めていた。「『しけ絹』と和紙を張り合わせて襖に貼ると、光を乱反射し、仏様の後光のような、とてもやわらかな光沢と陰影をつくりだします。富山の多くの家庭の和室や仏壇の扉に用いられ、お正月やお祭り、法事などの度に、張り替え需要も多かったのです」。しかし、ライフスタイルが大きく変化する中で、襖への需要は減少。着物を着る機会、絹に触れる機会も少なくなった。紀子さんも当初は家業を継ぐつもりはなく、東京の大学に進学。卒業後は証券会社に就職し、営業職で全国トップクラスの売り上げを誇るまでになった。しかし、あるとき上京した父の文一さんと訪ねた得意先で、蚕や家業の素晴らしさに初めて気づき、2010年に帰郷。以来、絹という素材を日常の中で、細胞レベルで堪能できるものづくりに精を出す。「証券会社時代もいまも基本的な姿勢は変わらず、私が使ってよかった、欲しいと思える商品を大切に。その熱量が、お客さまに伝わると思うのです」。

たくさんの命を、お蚕さんからいただいて

 

JOHANASではストールのほか、マスクや美髪枕カバーなど多彩な商品を展開し、売り上げを大きく伸ばしている。さらに、工場内では養蚕も始めた「。一組の蚕蛾で約500個の卵を産むのですが、一蛾(いちが)単位で種を購入し育てます。当社では一年で100万頭分以上の糸が必要で、まだまだ繭を貯めているところ。現在は主にタイの生糸を『しけ絹』に使用しています」。餌の桑も敷地の畑に植え、農薬などを使わない土づくりを大切にしている。蚕を育てる「藁まぶし」の作り方は、世界遺産で知られる五箇山に住む女性から教わった。蚕の糞もお茶や漢方薬、お菓子にもなり捨てるところがない。多くの命をいただいて絹ができることから、紀子さんは愛情と敬意を込めて「お蚕さん」と呼ぶ。

畑では野菜やハーブも育てる。「畑を担当する夫と、子どもたちが裸足で遊べるような場所にしたいねと話しています。染料や精練に使う薬品も、将来は草木染めや自然の素材にできればと思うのです」。夫の渉さんは、かつて堆肥会社に勤めた土づくりのプロ。二人の出会いは、土づくりに悩む紀子さんのことを知り、渉さんが軽トラに堆肥を積んで運んできたことから。いまではともに、新しい環境づくりに取り組む。

身につけることで、心身をすこやかに

「しけ絹」はインテリアとして世界的企業のオフィスの壁紙や、特別な織りを施して駅のディスプレイにも使用される。紀子さんが身につけているのは自社の生地で作った洋服だ。人の肌と絹のアミノ酸の構成比率はほぼ一緒で、保湿や調湿性などに優れ、消臭効果もあるとか。「これから、富山のデザイナーの方と、オリジナルブランドを展開したいと考えています。肌にやさしく、人がすこやかになれるような『服薬』という考え方で。ほかに、しけ絹を使ったテントや、すべてがしけ絹で包まれるようなホテルをつくれたら」。2023年8月に紀子さんは社長に就任。「いままでと変わらずやりたいことをやりたいですね。城端は昔から伝統を守ることにとどまらず、度量が広く、遊び心のあるヘンテコな人たちが新しいものをつくってきたまちなんです」と笑う。「しけ絹」という独自のものづくりと、紀子さんの飾らない人柄に惹かれて、松井機業には国内外からたくさんの人が訪れる。サーキュラーエコノミーが注目され、自然素材への回帰がすすむなかで、「しけ絹」は、さらなる進化を遂げそうだ。

 

Johana in Nanto City in west Toyama grew prosperous for silk fabric production from the Edo era. Matsui Silk Weaving Co., Ltd. was founded here in 1877. JOHANAS is a life care brand created in 2014 by Noriko Matsui, who returned to her hometown to take over the business as the sixth family head. The brand offers new lifestyles via the special qualities of Shike silk fabric made with dupioni, a precious type of silk taken from cocoons spun by two silkworms. With its catchphrase “Happiness at the cellular level,” it is developing and disseminating general lifestyle goods, clothes accessories, and interior products. Noriko said that when she put on a summer juban (a kimono undergarment) of Matsui Silk fabric, she got goosebumps out of the sheer comfort of the texture. The amino acid composition of silk is almost the same as that of skin. JOHANAS is growing as a brand of clothing gentle on the skin that enhances health. Noriko muses about tents made from Shike silk and even hotels to enclose you entirely in this wonderful fabric. The company has also started sericulture in its factory and a mulberry plantation. People visit from both Japan and abroad, drawn by its unique creative approach. Returning to natural materials, Shike silk looks set to evolve to a still higher level.